ニュース 2010年
【佐川美術館】追悼展 平山郁夫−平和の祈り−
2010年2月2日(火)〜8月1日(日)(2010/01/08)
このたび、財団法人佐川美術館では、昨年12月2日に惜しまれながらも逝去された平山郁夫先生の偉業をご紹介する「追悼展 平山郁夫−平和の祈り−」を開催いたします。
シルクロード各地を訪れてはスケッチをかさね、多くの作品を発表されてきた平山先生は、2001年元旦に集大成ともいえる壁画を奈良・薬師寺玄奘三蔵院画殿に奉納されました。そしてこの壁画に描かれた玄奘ゆかりの7場面を、より多くの人々に見てもらいたいという強い願いのもと、絵画作品として50号に改めて描かれたのが当館の≪大唐西域画≫(2007)です。
本展ではこの≪大唐西域画≫を中心に、玄奘が、そして平山先生が見つめ続けられたシルクロード各地の風物と、決して戦場の光景を描かれなかった平山先生が特別な思いで制作をされた代表作≪平和の祈り−サラエボ戦跡−≫を公開し、作品に込められた「平和への祈り」を紐解くとともに、映像・写真資料もあわせて、在りし日のお姿を偲びます。
【平山郁夫先生略歴】
1930年6月15日、広島県瀬戸田町(現・尾道市)に生まれる。
東京美術学校(現・東京藝術大学)で前田青邨に師事し日本画を学び、卒業と同時に東京藝術大学に奉職、以降2度の学長をつとめて2005年の退官まで後進の指導にあたる。
広島での被爆体験とその後の後遺症と対峙しながらも、日本画により「平和への祈り」を伝えるため、旺盛な制作活動を行い、わが国の風物をはじめ、日本文化の源流をもとめた「仏教伝来の道」シルクロードを題材にした作品を発表する。また、世界文化財赤十字構想を提唱し、人類共通の宝である文化遺産の保護への積極的な取り組みは国内外から高い評価を受けた。
1998年、文化勲章を受章。ほかに、ユネスコ親善大使・世界遺産担当特別顧問、東京国立博物館特任館長などをつとめた。2009年12月2日、79歳で永眠。
| ◆名称 | : | 追悼展 平山郁夫−平和の祈り− |
| ◆会期など | : | 平山郁夫館<平和の祈り> 2010年2月2日(火)〜8月1日(日) 特別展示室 2010年2月2日(火)〜4月11日(日) |
| ◆開館時間 | : | 午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで) |
| ◆休館日 | : | 毎週月曜日(祝日にあたる場合はその翌日) |
| ◆入館料 | : | 一般¥1,000(¥800)/高大生¥600(¥400)/小中学生¥300(¥100) ( )内は20名以上の団体割引料金
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| ◆主催 | : | 財団法人佐川美術館 〒524-0102 滋賀県守山市水保町北川2891 TEL:077-585-7800 FAX:077-585-7810 |
【ご参考】
◆≪平和の祈り−サラエボ戦跡−≫について
ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国の首都サラエボ。1984年には平和の祭典、冬季オリンピックの開催地となった旧ユーゴスラビアの都市が、90年代に入ると民族紛争の激化により激しい戦火にさらされます。平山郁夫先生は1996年の4月から5月にかけて、国連の平和親善大使として依然緊張の残るこのボスニアを訪問されました。
激しい戦闘が繰りひろげられた広場でスケッチをされていると、まわりにいつの間にか子どもたちが集まってきました。こんな戦禍にあっても、子どもたちの表情は意外に明るく、純真な澄んだ目が、将来の明るさと希望を抱かせてくれるようでした。
「戦争の苦しみから生まれる芸術は、泥沼に咲く蓮の花だ。」広島で被爆した平山先生は、戦後この言葉をずっと心に抱いてこられました。蓮の花は、泥沼の中から生まれて咲く清純無垢な花です。真っ白い大輪の花びらが、天に向かって手をいっぱいに広げるようにそのエネルギーを受けとめます。平山先生はサラエボで出会った子どもたちに、泥沼に咲く蓮の花の姿を求め、この戦場となった地獄から、すくすくと新しい芽を出してほしいと、子どもたちの未来を願われたのです。
東西文化交流の道シルクロードや、仏教伝来を主題にした作品を多く描いてこられた平山先生が、このような戦争で破壊された生々しい瓦礫の山を描かれるのはとても珍しいことでした。それだけにこの作品は、子どもたちに未来を託し、「平和の祈り」を強く込める力作となりました。そして、それまで準備をされてきたその年9月の院展への出品予定作を急遽変更され、≪平和の祈り−サラエボ戦跡−≫は第81回院展会場を飾ることになったのです。
「サラエボは、画家としての私に、どんな境遇や環境にあろうと、平和を祈る作品を描き続けなければならない、と改めて覚悟させた。画家にとって、感動することがいかに大事であるかを再認識した。」
「苦しみを持っているからこそ、美しい芸術を生み出せるはずだ。それこそ本物の芸術なのだ。ただ、恨みつらみをそのまま描くのではなく、もっと浄化して形にすることが、死者を本当に生かす道ではないのか。恨みからは、新たな憎しみは生まれても、新しい創造は生まれないのだ。」【註1】
【註1】平山郁夫、右田千代『画文集 サラエボの祈り』日本放送出版協会、1997年
◆≪大唐西域画≫について
平山郁夫先生が構想を含め30年以上もの時間を費やされ、2000年12月31日、奈良薬師寺玄奘三蔵院に完成した≪大唐西域壁画≫は、西遊記のモデルともなった中国唐時代の僧・玄奘三蔵(602-664※生年については諸説あり)が中国からインドへと仏典を求めた旅が再現されています。しかし、この壁画は毎年公開の期間が限られているため、美術作品として少しでも多くの人々に見てもらいたいとの願いから描かれたのが佐川美術館の≪大唐西域画≫(2007年制作)です。玄奘の求法【ぐほう】の旅のうち、往路を忠実に再現しようという意図のもと7場面が選ばれ、作品は長安の朝の情景からはじまり、場面が進むともに時間帯を刻々と変化させ、最後の≪ナーランダの月 インド≫では夜の情景となっています。
| 1930年(昭和5) | 広島県豊田郡瀬戸田町北町(生口島・現尾道市)の旧家に生まれる。 | |
| 1945年(昭和20) | 15歳 | 修道中学三年生の時、学徒勤労動員先の広島陸軍兵器補給廠で作業中、原子爆弾投下の瞬間を目のあたりにし、危うく死を免れる。 |
| 1952年(昭和27) | 22歳 | 東京美術学校日本画科を卒業。東京藝術大学美術学部日本画科副手となる。 |
| 1959年(昭和34) | 29歳 | 第44回院展に≪仏教伝来≫が入選。 以来仏伝とシルクロードにテーマを求めたシリーズの制作が続けられる。 |
| 1962年(昭和37) | 32歳 | 第1回ユネスコ・フェローシップによるヨーロッパに留学。 |
| 1973年(昭和48) | 43歳 | 東京藝術大学教授となる。 文化庁から高松古墳壁画の現状模写を委嘱され、責任者として従事する。 |
| 1984年(昭和59) | 54歳 | 薬師寺玄奘三蔵院の壁画制作に着手。 |
| 1988年(昭和63) | 58歳 | 文化財保護振興財団が発足し、理事となる。ユネスコ親善大使に任命される。 |
| 1989年(平成元) | 59歳 | 東京藝術大学学長に就任。この後2度の再任を経て2005年まで学長の職に就く。 |
| 1991年(平成4) | 61歳 | フランス政府よりコマンドール勲章を授与される。 |
| 1996年(平成8) | 66歳 | 日本育英会会長に就任する。日本美術院理事長に就任する。 |
| 1998年(平成10) | 68歳 | 滋賀県守山市に佐川美術館が開館。佐川美術館の主催により、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの世界を代表する美術館の館長らが一堂に会し、在外日本美術品の保存・修復のための世界ネットワークの構築について議論する『国際文化交流サミット98』を、また2001年にも『国際文化交流サミット2001』として開催。11月文化勲章を受章。 |
| 2000年(平成12) | 70歳 | 12月31日、奈良薬師寺玄奘三蔵院画殿に≪大唐西域壁画≫が完成。 |
| 2004年(平成16) | 73歳 | ヤクルトホール(東京)にて『佐川美術館 文化交流シンポジウム「国際文化交流がひらく平和への道」』を開催。 |
| 2007年(平成19) | 77歳 | 佐川美術館所蔵の≪大唐西域画≫が完成。 |
| 2009年(平成21) | 79歳 | 12月2日、永眠。 |
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